「医学を志す」は、医師を目指す中学生・高校生の「医師になる」という志を育むためのイベントです。

現場で活躍されている現役医師を講師に招き、様々な角度から「医師の仕事」への理解を深めます。

毎回大変ご好評をいただく「医学を志す」を、12月12日にオンラインにて開催いたしました!

今回は安楽死と緩和ケアについて、平塚市民病院緩和ケア内科・高田賢先生にご講演いただきました。

高田 賢先生・ご経歴
高田先生1998年東京医科大学医学部をご卒業後、神奈川県立がんセンター、横浜市立大学附属病院、足柄上病院などで外科医として活躍される一方で、緩和医療の研鑽にも励まれました。現在は平塚市民病院緩和ケア内科で緩和ケアに取り組まれています。外科医として、緩和ケア医として。多くの患者さんの死に向き合ってきた経験を伝えてくださいます。

今回は60人ほどのたくさんの高校生にご参加いただきましたが、みなさん非常に熱心に講演に耳を傾けている様子が印象的でした。

人のいのちに関わる医師として、安楽死や尊厳死に対する理解を深め、また今後重要になる緩和ケアを正しく理解することは、医師を目指す高校生にとって大変貴重な機会になったでしょう。

朝倉医師による講演『安楽死と尊厳死』

朝倉医師の講演「安楽死と尊厳死」

高田先生の講演に先立ち、安楽死、尊厳死に関する現状について、AVENUE Education副代表朝倉が、概説いたしました。
高校生にはとっては難しい(もしかしたら医療者にとっても…)様々な用語、概念を確認しました。

2020年7月、ALS患者の依頼によって安楽死させた2人の医師が、嘱託殺人容疑で逮捕されたことが大きなニュースになりました。

今までにも東海大学安楽死事件や川崎共同病院事件など、安楽死に関する事件は発生しています。では、そもそも安楽死とは何でしょうか?

 

「積極的安楽死」と「消極的安楽死」

安楽死とは、苦痛を与えずに死に至らしめることを指しますが、実は2つの種類に分かれます。それが積極的安楽死消極的安楽死です。

  • 積極的安楽死:致死性の薬物を服用・投与し死に至らしめる
  • 消極的安楽死:治療を開始しない・中止して死を早める

どちらも死に至らしめるという点では同じですが、医療行為の有無が異なります

 

安楽死をめぐる様々な事件

例えば平成7年の東海大学安楽死事件では、家族の求めに応じて患者を積極的安楽死させた医師が、有罪判決を受けました。川崎協同病院事件でも同様に、積極的安楽死をさせた医師が有罪となっています。

東海大学安楽死事件の判決では、安楽死にあたる4つの要件が提示されました。

東海大学安楽死事件における安楽死の4要件

現状では、安楽死(特に積極的安楽死)に関するガイドラインや法律は整備されておらず、議論も十分にはなされていません。

 

尊厳死はすべての人間が持つ権利

安楽死に似た言葉に、尊厳死があります。尊厳死とは、人間が人間としての尊厳を保ちつつ臨む死を指します。

そのため、Quality of Life(QOL)と尊厳を保ちながら最後を迎えるためにペインコントロールなどの苦痛から解放される医療が用いられます。

一見すると安楽死と似ていますが、実は安楽死と尊厳死は別物です。なぜなら、尊厳死は議論の余地なく人が当然に持っている権利だからです。

人は誰しも人間としての尊厳を認められています。そのため、その尊厳を保ちながら死を迎えることは、誰にも否定することはできないのです。

この点で重要になるのが患者本人の意思です。そこで現在話題となっているのが、リビング・ウィルAdvance Care Planning(ACP)です。

 

患者の意思を表示するリビング・ウィルやACP

リビング・ウィルとは、終末期医療を受ける際の医療選択を事前に意思表示しておくことを指します。

実は、終末期においては70%の患者が意思決定できないと言われています。そのため、終末期を迎える前に、どのような医療を受けたいのかを意思表示しておくことが重要になります。

またこのような意思表示は患者本人だけの問題ではありません。患者の意思はその患者の医療に関わるすべての人が共有していることが望ましいとされています。

そのための話し合いをACP(人生会議)と呼びます。今後の治療や療養について、患者・家族・医療従事者が話し合い、患者の同意の元で記述をします。

また患者の意思は常に変化し続けます。そのため、定期的に見直すことが重要であるとされています。

医師は人の命に関わる職業です。医師として、患者の生と死にどのように関わっていくのか。この姿勢を考える上で、安楽死・尊厳死はこれから医師を目指す中高生には考えていただきたい事例であると言えるでしょう。

 

高田賢先生のご講演「緩和ケアと“いのち”について」

高田先生のご講演「緩和ケアと"いのち"について」高田先生は研修医を終えられた後、神奈川県立がんセンターで10年ほど食道外科医として勤務されました。

食道癌を専門として治療する医師として従事される中で、辛い治療を終えても再発してしまう患者さんや治療に耐える患者さんのご家族の姿を多く目にされたそうです。

またかつての医療用麻薬で感じる多幸感を目にするうちに、「幸せとは何か?」という疑問を持たれ、緩和ケアに関心を持たれるようになったそうです。

高田先生には今回のご講演で、

  1. 緩和ケアとは?
  2. いのちの価値観の多様性
  3. 良い「生」と良い「死」

についてお話しいただきました。

 

緩和ケアは終末期医療ではない

緩和ケアと聞くと、死期の近い患者さんが残りの生活を心穏やかに過ごすためのケア(=終末期医療)を連想する方も多いようです。

しかし実際は、WHOの定義にもあるように患者とその家族のQOLを改善するためのケアが緩和ケアであり、終末期だけに限定されません。現病治療・支持治療を並行して進めながら、患者さんやその家族を取り巻く苦痛・ストレスを軽減し、その人らしく過ごせるサポートをするのが緩和ケアの役目と言えます。

ある研究によると、緩和ケアは治療の一つとして大きな効果をもたらすことがわかっています。

緩和ケアによる医学的効果

根治ができないがんを患う患者さんに、早期から緩和ケアを導入したところ、抗がん治療の回数を減らしながらも予後(生存期間)が伸びたのです。

横浜市立大学附属病院では緩和医療科が設けられており、病気の治療と並行して緩和ケアを実施しています。このように、緩和ケアは今後の医療において、ますます重要になってくると言えるでしょう。

 

いのちの価値観の多様性

緩和ケアを行うにあたり、患者さんの生や死は避けて通ることができません。医療人として、「いのち」への価値観を育むことは大切でしょう。

そこで高田先生は、参加した中高生たちに2つの質問を投げかけました。

  1. 自分は何歳まで生きたいですか?
  2. 自分の大切な人には何歳まで生きてほしいですか?

この答えは人によって様々です。

自分と大切な人は同じだけ生きたいと願う人もいれば、自分よりも大切な人に長く生きてほしいと思う人もいます。もちろん、大切な人よりも自分の方が長く生きたいと思う人もいます。

正解はありません。では、この違いはなぜ起こるのでしょうか?

それは「大切な人」として想定した人が誰なのか、そしてその人のそれまでの経験や環境・生活がそれぞれ違うからです。きっと近しい環境にいる家族でさえ、この答えは違うでしょう。

ここで重要なのは、「いのち」の価値観に対する正解はないということです。つまり、自分と他者の違い(多様性)を理解する必要があります。

 

「良い生」「良い死」

このように「いのち」の価値観は多様です。絶対の正解はありません。

医療人としては、救える命を救うことが基本ですが、良かれと思って提供した医療が、患者さんにとっての最善の治療ではないこともあります

医療の現場においては、治療よりも「いのち」よりも大切なことがある場合もあるのです。

医師と患者さんの間には、病気や治療に対するギャップがあります。医療人としてそのギャップに気づき、患者さんに寄り添うことが重要でしょう。

 

グループワーク

医大生とのグループワーク高田先生にご講演いただいた後は、課題に対するグループワークを行いました。

課題
あなたは病院勤務医です。担当患者の1人にALSで人工呼吸器を装着している40代男性がいます。男性は1年前にALSを発症。往診時には常々、現状の生活に関する苦痛を訴えていらっしゃいました。
ある日話があるとメールをいただき、往診に伺いました。すると、「生きる望みを失った。安楽死の手伝いをしてくれないか。」と依頼されました。あなたはどのようなお話をしますか?

参加してくれた高校生は6つのグループに分かれ、この課題に対して医大生と共にディスカッションを行いました

安楽死という非常に難しい題材ではありましたが、中高生の皆さんはお互いの意見をぶつけながら、活発なディスカッションをしている様子でした。

 

(1)ALSへの理解を深める

グループディスカッションではまずALSという病気への理解を深めました。ALSとは、

  • 筋肉を動かす神経が壊れる病気で、全身の筋肉が弱まる
  • 根本的な治療がない
  • 人工呼吸器を使用しなければ、発症から死亡までの平均期間が約3〜5年と言われている

このような病気です。

 

(2)患者さんへの理解を深める

病気について理解をした上で、高校生の皆さんには「まず患者さんの言葉に対してどのように感じたか」をそれぞれ発表してもらいました。

様々な考えが出る中で、

  • なぜその患者さんが「安楽死をしたい」と言っているのか
  • 本心ではどのように感じているのか

について考えている学生さんが多くいました。表面上ではない患者さんの本心を理解しようとする姿勢が非常に印象的でした。

 

次に患者さんが何に対して困っているのかを考えました。

  • 生きる希望
  • 他人への迷惑
  • 病気への理解
  • 家族

様々な観点から患者さんが持っているだろう悩みを考えてくれました。

 

(3)医師としてできること

患者さんへの理解を深めた後は、医師としてできる解決策を考えていきました。

ここではまず、この患者さんがALSによる苦痛から解放されるために望んでいる「安楽死」が、今の日本の社会ではどのように受け入れられ、扱われているのかを確認しました。

  • 日本には安楽死に関する法律がなく、嘱託殺人罪に問われる可能性がある
  • 安楽死に際しては4つの要件を満たすことが求められている

このように、日本では終末期医療の議論は活性化しているものの、特に積極的安楽死に対する議論は不十分であると言えます。

 

ではこのような社会的背景の中で、医師としてできることは何でしょうか?そしてどのように患者さんに話していくべきでしょうか?

学生さんたちは様々なことを挙げてくれていました。

  • 患者さんやその家族が病気についてきちんと理解できるように説明する
  • 患者さんが生きていく上での選択肢を提示する
  • 精神的なダメージを和らげることを第一に考える
  • 「死」に対するイメージをポジティブにしてあげる
  • なぜ安楽死を考えたのか患者さんに聞く

患者さんやその家族の本音に寄り添おうとする姿勢が非常に印象的でした。

 

今回オンラインでのグループディスカッションではありましたが、どのグループも相手の意見を受け入れつつ、活発にディスカッションしてくれていました。

 

「医学を志す」で医師への志を育もう

医学を志すを通じて医師になる志を育てよう

今回の「医学を志す」では、安楽死・緩和ケアについて高田先生にご講演いただき、グループワークを行いました。

高校生の日常生活の中ではあまり接する機会のないテーマではありますが、今後医師として活躍する上では避けて通れないものでもあります。

医学部に進学するということは医師になるということ。つまり、医学部を目指すうちから医療人としてのマインドを育んでいくことが大切になります。

「医学を志す」では様々な角度から「医師」への理解を深め、医師を目指す中高生の志を育んでいきます。

医師を目指す中高生はぜひご参加ください!

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