2021年8月に、第4回となるオンライン「医学を志す」を開催しました。
今回のテーマは「離島医療とデータサイエンス」です。
日本にはさまざまな地域があります。東京や神奈川のような大都市部もあれば、人口数百人で暮らす離島まで、その地域により特色が異なります。
今回は、実際に離島医療に従事され、離島医療から見えた日本の医療が抱える課題を解決すべく、データサイエンスの分野で活躍されている金子惇先生を講師にお招きし、「離島医療からはじまる医療システムの見直し」についてご講演いただきました。
◯横浜市立大学大学院データサイエンス研究科講師
◯浜松医科大学医学部医学科卒業金子先生は、浜松医科大学医学部医学科を卒業後、沖縄県立中部病院プライマリ・ケアコース 「島医者養成プログラム」を修了されました。離島医療に従事後、東京慈恵会医科大学大学院にて離島医療について研究をされました。
現在の金子先生は、プライマリ・ケア医としてご活躍される一方、「受療行動」に関する研究もされています。
大変興味深いお話に、中高生が熱心に講演に耳を傾ける様子が印象的でした。
今回はそのイベントレポートをお届けします!
目次
金子先生のご講演
今回は、「離島医療からはじまる医療システムの見直し」というテーマで、金子惇先生(横浜市立大学大学院データサイエンス研究科)にご講演をいただきました。
金子先生は、浜松医科大学をご卒業後、沖縄の県立病院に3年間、離島の診療所に3年間勤務されました。
金子先生が離島医療を選ばれたきっかけは、大学5年生のときに小笠原諸島の診療所を見学されたことです。
小笠原諸島は東京から約1000キロほど離れており、交通手段は船しかありません。渡航にも25時間ほどかかり、1週間に1回しか発着がありません。
このように、社会人になってからはなかなか行きにくい離島だからこそ、学生のうちに行っておこうと思い、観光も兼ねつつ、自らアポイントを取って診療所を見学されたそうです。
離島医療では、その島唯一の医療機関ということもあり、怪我の治療から妊婦の検診まで、幅広く対応することが求められます。
入院や大きな手術などが必要な疾病は、離島では対応ができません。そのため、本島(大きな病院)へ搬送するかどうかの判断を行い、搬送までの初期対応をも担うのが離島医療に携わる医師です。
金子先生はこの小笠原諸島の診療所見学で、このような幅広い医療の提供をしている離島医師の存在を知り、「楽しそうだ」と感じられたそうです。
強い関心のある診療科がなかったこともあり、「島に行きたい」という希望から卒業後、沖縄へ行かれました。
離島医療とは?
離島医療の特徴は、自分の医療レベルがその島の医療レベルであることです。
国家試験に合格すれば「医者」にはなれます。ただし、それだけで医師としてなんでもできるようになるわけではありません。卒業直後は経験が少なくわけですから、わからないことやできないことも多くあります。
沖縄の県立病院にいたときには、ミスが続いたりすると「お前そんなんじゃ島に行ったら人を殺すよ」と言われたことが非常に印象的だったそうです。
「自分の医療レベルがその島の医療レベル」ということを感じられた経験だったそうです。
沖縄は、本当に3つの県立病院があり、県立の離島診療所16箇所で医療が成り立っています。
金子先生が担当されたのは、那覇から120キロ離れた伊平屋島(いへやじま)でした。本島への交通手段はフェリーで、80分ほどかかる距離にある離島でした。
金子先生が離島医療に従事され感じたことの一つに、患者さんとの距離の近さがあります。
離島は都市部に比べると住民数も多くはありません。そのため、患者さんの普段の生活を実際に目にすることができます。
医師は患者さんの病気をただ治療することだけが仕事ではありません。その人の人となりや生活習慣を知ることも重要になります。その点で患者さんとの距離の近さはメリットだと言えるでしょう。
離島医療ならではの点では、医療資源が限られていることが挙げられます。
医師は一人、看護師さん一人、事務員さんが二人と人的リソースは多くありません。また島には薬局がないため、診療所で薬を出す必要があります。できる検査にも限りがあるのは、都市部との大きな違いと言えるでしょう。
入院・手術施設も都市部の病院と比べると整っているわけではありません。そのため、入院・急ぎの手術が必要な場合は、ヘリコプターで患者さんを本島まで搬送する必要があります。
夜間は自衛隊ヘリにお願いするしかなく、搬送までに2時間ほどかかるため、初期対応は離島の医師が行うことになります。
医療資源に限りがあるからこその決断
医療資源に限りがあるからこそ、入院や手術が必要な場合は本島へ行くかどうかを医師が判断しなければなりません。
ここで問題になるのが、医師が「本島へ行った方が良い」と思っていても患者さんが「本島に行きたくない」と思っているケースです。
講演では、金子先生が実際に経験されたケースをお話ししてくださいました。
あるご高齢の方が診療所を訪れました。
発熱があり、診察すると肺炎でした。入院が絶対に必要という症状ではないものの、年齢も加味すれば急に悪化することも想定されます。そのため、金子先生は「本島で入院した方が良い」と患者さんにお話しされました。
すると患者さんは「行きたくない」と言ったそうです。
もし中高生の皆さんが金子先生の立場なら、どうしますか?
説得して本当に搬送する、患者さんの希望を優先して診療所で対応する・・・さまざまな対応が考えられます。
金子先生は、
- 患者さんが元気
- 普段は温厚な方にも関わらずはっきりと「行きたくない」と言っている
- 家族もあまり積極的ではない
これらを考慮して、「診療所で酸素・抗生剤投与で経過観察、あとは明日の朝考える」という決断を下しました。
その後、息子さんにお話を伺ったところ「理由はよくわからないが、本人はいつも那覇に行きたがらない。以前に入院した時も、帰りたがったり暴れて大変だった」とおっしゃっていたそうです。
またご本人にお話を聞くと「本当は診療所にいるのも嫌で、早く施設に帰りたい」とおっしゃっていたそうです。
あとでわかったことは、患者さんのお兄様が肺炎でヘリ搬送になり、長期入院で亡くなった経験があったそうです。そのため、自分も同じように島に戻って来られなくなってしまうのではないか、と不安を感じていたようです。
このように、患者さんにも一人ひとりさまざまなバックグラウンドがあるため、表面上の言葉だけを受け取るのではなく、なぜその発言をしているのか知ること・知ろうとする姿勢が大切です。
離島医療から見える日本全体の医療の課題
金子先生が離島医療に従事され、離島の医療の現状は日本の医療の現場の縮図であると感じられました。
日本の医療現場が抱える課題には以下のようなものが挙げられます。
- 高齢者人口の増加による医療費の増大
- 経済発達の停滞による地域医療の維持の問題
- 人材の流失
このような課題を解決するツールとして、金子先生はデータサイエンスの分野に携わっていらっしゃいます。
Okinawa Practice Based Research Network(Okinawa PBRN)を立ち上げられ、現在では60名ほどの医師とともに
- 月1のミーティング
- 共同研究
- 研究指導
などを行っていらっしゃいます。
データサイエンスでは、実際に起きていることをデータ化して分析し、問題解決を目指します。金子先生は、離島の医師として、プライマリ・ケア医の重要性を研究されました。
離島医療では、その地域の全数の把握が可能です。そこで1ヶ月あたりの受診数・本島(大きな病院)への紹介数などを記録されました。
住民1000人に対し、1ヶ月あたりの診療所の受診数は360人、そのうち本島(大きな病院)へ紹介したのはわずか18件でした。
都市部になると、診療所を介さずに直接患者さんが大きな病院を受診することもあります。
すると、本来であれば診療所で可能な処置を、大きな病院が処置することになります。すると、大きな病院の医師への負担が増えます。
このように、地域の診療所の有効活用は、適した医療の提供に繋がり、患者さんにも医療従事者にとってもメリットが大きくなります。
このようにプライマリ・ケア医が地域全体を見ることは、今後重要になると言えるでしょう。
日本と同様に世界でも
- 高齢者の激増・労働人口の減少
- ケアの分断(都市部の医療機関の乱立)
- 情報の不透明性(電子カルテの乱立・診療内容のばらつき)
- 経済格差・健康格差・人材流失
といった課題が存在しています。
そこでプライマリ・ケアの拡充で格差を是正していくことが求められていくでしょう。
そこには、さまざまな取り組むべきことがあります。
①システムの改善
- 地域連携に必要な情報の共有
患者の登録制、支払い制度の変更
②ハブとなる総合診療医の育成
- 総合診療のリーダー育成
- プログラム+個人単位の育成と質の向上
- 総合臨床大学院の設立
- アメリカやカナダの大学との連携
③変革への理解・改善の実感
- 国民の総合診療への理解浸透
- メディアの活用
- Depp End Japanプロジェクト
- 「弱い立場の人々」への医療の改善
- イギリスの大学との連携
いきなり大きなシステムを変えることは難しいですが、小さなことを積み重ねていき、Health for all「誰一人取り残さない」医療のモデルを日本から発信できればと金子先生はおっしゃっていました。
金子先生から医師を目指す中高生へのメッセージ
最後に、金子先生から医師を目指す中高生へメッセージをいただきました。
- やりたいことが最初から見つかる人はあまりいないかも
- とりあえずやってみる・とりあえず行ってみるは結構大事
- 働き方、働く場所は本当にいろいろあるので縛られないで!
グループワーク「離島医療に携わる医師に求められる資質とは?」
金子先生のご講演の後、中高生の皆さんには医大生とともに、下記のテーマでグループディスカッションをしていただきました。
離島医療に必要な医師の資質とは?
それぞれの班に分かれ、
- 都市部の医療の特徴
- 離島の生活とは
- 離島で医師をすることになったらどのような準備が必要か?
について考えてもらい、その上で離島医療に必要な資質について議論していただきました。
どの班にも共通していたのは
- コミュニケーション能力(対人関係力)
- 判断力
です。
離島では、子どもから高齢者の方までさまざまな方と接します。また医療資源が限られているからこそ、同じ島で働く医療従事者や自分の島だけではない医師との連携などが必要になります。
さらに、離島では医師は一人です。そのため、どのようなケースでも冷静に判断することが重要だと述べている班が多くありました。
また、
- 患者さんの人生と関わる・患者さんと深く関わりたいという気持ちが大切だ
- 一人で島の医療を担う体力とメンタルタフネスが必要だ
と考えている班もあり、中高生の皆さんはさまざまな角度から離島医療に携わる医師に求められる資質について考えてくれました。
朝倉医師の講評
今回は、離島医療に携わる医師に求められる資質という観点でディスカッションしていただきましたが、みなさんの発表を聴きながら、これは離島に限らず医師として働く上で非常に重要な資質だと感じました。
今回、金子先生にご講演していただきましたが、金子先生は医師として働くなかで問題意識を見出し、どういう手段で解決していこうかということを考えていらっしゃいましたね。
ぜひ中高生の皆さんには、医師になったあと漫然と仕事をするのではなく、問題意識をもって新たな課題発見・課題解決に取り組んでいただきたいと思います。
それが医師という仕事をより深めてくれるだろうと思います。
金子先生のご講評
さまざまなグループのディスカッションの様子を拝見させていただきました。中高生のみなさんが非常に真剣に、広い視野を持って離島医療について考え、お話ししている姿を嬉しく思いました。
私も以前、研究の一環で離島医療に携わる医師に、離島医療に携わる医師に必要な能力は何か、インタビューしたことがあります。
講演でもお伝えしましたが、離島医療は一人、かつ限られた医療資源における診察となります。そのため、
- 全科にわたる知識と技術
- 離島の特性を考慮したトリアージ能力
- 島の資源を把握し活用する能力
- 島唯一の医師としてのプロフェッショナリズム
- 島全体の健康を支える能力
が求められるという結果になりました。
今回皆さんがディスカッションしていただいた内容に非常に近いですね。
ぜひ中高生の皆さんには、このような能力を意識されながら、医師を目指していっていただきたいと思います。
「医学を志す」で医師への志を育もう
今回の「医学を志す」では、離島医療とデータサイエンスについて金子先生にご講演いただき、グループワークを行いました。
さまざまな医師の働き方・活躍の仕方を知ることで、「こんな医師になりたい」「こんな風に活躍したい」とより目標を明確にすることができます。
医学部に進学するということは医師になるということ。つまり、医学部を目指すうちから医療人としてのマインドを育んでいくことが大切になります。
「医学を志す」では様々な角度から「医師」への理解を深め、医師を目指す中高生の志を育んでいきます。
医師を目指す中高生はぜひご参加ください!
▼過去の「医学を志す」イベントレポートはこちら
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