第7回「医学を志す」では、著名人の薬物依存治療や薬物依存の啓発活動に積極的に取り組まれている松本俊彦先生をお招きしました。
依存症とは、実に様々なものがあります。例えば、アルコール依存症、ギャンブル依存症、ゲーム依存症などが有名ですね。また、松本先生は、依存症の他にも自殺・自傷なども専門として治療や研究を行ってこられました。前編は下記よりご覧ください。
人間は薬を使う動物
かつて、全ての霊長類でお酒を飲めるものは、人間だけでした。
おそらく、祖先は、他の動物との生存競争に負けたため、腐ってアルコールが発生した食べ物しか食べれなかったのではないかと予想しています。
その後、農業を始め定住すると水を介した感染症が流行り始めますが、アルコールでは感染しないことに気付いたのでしょう。
人類は、アルコールを作る工夫を始めます。
自然界に存在する植物から薬物を作るのは人間だけ。
人間は、その知識があるためにある意味ここまで繁栄したのではないでしょうか?
薬物は最初、宗教で使われ、次に医薬品として使われ、さらに軍用品として使われ、娯楽として使われ始めました。
娯楽として使い始めると、貧しい人や虐げられた人などのマイノリティな人が使い始め、刑罰が発生し、貧富の差がさらに広がりはじめるのです。
ダルクとは?
薬物依存症になった人たちが共同生活をして回復を目指す施設であり、1985年に荒川区にできてから現在では全国に90か所あります。
あるとき、京都のダルクを改築しようとしたところ、近隣住民から「出ていけ」という張り紙がされるようになりました。
まるで、呪いの護符のように張られているわけです。
この通りを通って若者たちはダルクに通うわけですが、こんな状況で希望を持てるでしょうか?
一ついいことがあるとしたら迷わないというだけでしょう。
著名人が薬物依存から回復してメディアに登場した場合も、ヤフーコメントでひどい誹謗中傷が行われます。
こういった環境が日本中であり、だから、薬物依存経験者は薬物の経験を隠しています。
日本では少ないと言われますが、隠しているだけだよと世界の研究者からは言われています。
薬物依存者とはいえ見ず知らずの人になぜ、こんなにもひどい環境が作られているのでしょうか?
薬物依存者を取り巻く日本の環境
それは、薬物乱用防止啓発キャンペーンが関係しています。
例えば、薬物乱用防止教育の手引きでは、
- 「いいわけ」の口実を与えるような情報
- 薬物乱用者や薬物依存の患者の治療、更生、社会復帰のための情報
- 一度薬物を使うと元に戻らないことを強調
と書かれいます。また、薬物乱用防止啓発ポスターには、薬物依存の患者をまるでモンスターやゾンビのように書くポスターばかりです。
ですが、現実は違うのです。
薬物の誘いをしてくる人間とは、「かっこよくて優しい」人なのです。
どんな大人よりも、優しく話を聞いてくれて友達になろうよと誘いをかけてくるのです。
つらい経験をしてきた人ほど、それを受け入れると思いませんか?
つながりを持っていない人ほど、薬物に依存しやすいということなのです。
Addictionの対義語とは?
Addictionとは、「依存」という意味の英単語ですが、これの対義語はなんでしょうか?
Sobar? 「しらふ」 Clean?「薬を使っていないこと」
我々、専門家の間では、Addictionの反対は「Connection」だと考えています。薬物依存者を治療する医療者が差別していることがあるのです。
最後に、私の背景のマークについてご説明しましょう。
「Butterfly Heart」という厚生労働省の取り組みのシンボルマークです。
ハートを二分割して外側をつなげているわけですが、これがいくつも連なることによって「繋がり」を表しています。
病院で診療するときは、偏見を持たず、差別せずに、秘密を守りますよという表明になります。
質疑応答
・医師としての立場から薬物依存の方の孤独や環境に対して手助けをすることは難しいのかなと思いますがどんなことができるのでしょうか?
私たちは、あくまで、友達でも家族でもありません。生涯を背負うこともできません。困っている人に、「よく来たね」とか、「これまで生き延びてきてよかったね」とか、「やめられなかったけど、やめようとしていいるのはえらいね」とか、励ましとか応援の言葉を贈るというつながりはとても大事なことだと思います。これは医学部で習う特殊な技術ではないけど、困った人に向き合うということと短いやり取りの中でも伝えられることはあると考えています。
・社会制度を変える取り組みを意識されているように思いますが、やはり変えようと思って変えられるものなのでしょうか?
1人の医者の力には限りがあると思うのですが、少しずつ変わってきているように感じます。仲間たちと組織的にやろうとしている部分はありますね。過剰な誹謗中傷を押さえるために、先にヤフーにコメントをしてあげるなどをしていますね。公衆衛生では、常識になりつつありますが、SDH、豊かな人ほど長生きできる傾向がありますよね。そして、医療者のいうことを聞かない人ほど、過去のトラウマを抱えていているのではないかと思います。実際に、トラウマがある人ほど過食傾向にあるとする研究結果がありますね。とすると、医療者として、連帯して社会にメッセージを送っていくことが大事だと考えています。
・医者と患者の関係はどう考えていらっしゃるのでしょうか?
上から目線をしたり、意見を押し付けるのではなく、対等な立場で向き合うことを気を付けていますね。一日に出会う患者さんで言うと、70人ほどなので一人に向き合う時間は限られています。なので、多職種で連携していくことが大事だと考えています。一人で向き合うと医者側が疲れてしまうので負担をチームで少しずつ負担すると考えていますね。
・自殺に対しての共感具合と薬物依存に対する共感の違いはありますか?
似ていますね。正直に言ってくれてありがとうから始まります。まず、その根本の原因から質問して把握するように行います。いきなり、「死んではいけないよ」というのは精神科医としてはアウトです。長期的に見ると、死にたいと言葉に出す人の方が、自殺する確率は上がるのですが、直前になると言わなくなるという傾向もあります。それしか解決方法がない場合は、言うと邪魔されるので直前には言わない心理がありますよね。逆に、言うということは、死にたい原因が緩和されれば生きたいという願望があるわけです。死にたいの向こう側に何があるのかを一緒に考えていくことになります。自分にできることや、患者さんを何につなげていけばいいのかを考えることが役目だと思います。薬物依存も同じで精神科としては患者さんからのバッドニュースを伝えてくれたことを歓迎することから始まります。中には、親が厳しくて心を押し殺している人は医者の前でいい子を演じてしまう方がいて、これは危険信号です。医者の前で不満を言ったり、心を開いてくれればいいですが、医者側もタフでないといけませんね。
・食べ物やゲームへの依存など、つながりで解決できるのでしょうか?
直ちにというわけではないです。ただ、ゲーム依存で学校に行けなくなる人はリアルなつながりがないんでね。スマホが使えないようだと私はダメだと思うんです。リアルな関係もあって、ゲームもやっているという健康な使い方をしている人がいますが、ゲームに偏っている人は片方に依存してしまいますよね。
あと、気軽にはじめたダイエットが過食に繋がってしまう場合も繋がりがない人が多い傾向になります。だから、全てを解消するわけではないですが、「繋がり」は一つの解決の糸口にはなります。
・こどもの頃のトラウマに対しての対処法と解決法はあるのでしょうか?
トラウマが今現在の、PTSDや心理性乖離症候群と診断されるレベルの場合は、治療プログラムやトラウマに特化した治療も行っています。ただ、だれにもかれにも行うわけではなく、トラウマのふたを開くと今まで健全に社会生活を送っていた人が送れなくなることがあります。なので、タイミングが大事です。それ以外の人は、トラウマ自体のふたを開けずにトラウマが影響を与えている考え方や感じ方に心理教育を行ったり、話し合うといった現在を取り扱うという方法もあります。
最後に、解決といっても過去が変えられるわけではなく、今の考え方に影響を与えていることが問題です。解決とは、過去が影響を与える考え方に上書きをすることであり、そういう意味での解決は可能であると考えています。
終わりに
その後のグループワークでは、各グループに分かれて
「スマホを使い始める中高生にどのような注意を与えるべきか」
について話し合いました。本日の松本先生のご講演を踏まえて、活発な意見交換が行われました。
薬物依存症を克服するために必要なことで胸に響いたのは、「connection」が必要であるという言葉です。
薬物依存の方がより多く回復されることや、そもそも、薬物依存になるようなつらい過去を持つ人が少しでも減ることを祈っています。
過去の医学を志すレポート
- 2023年4月開催 第7回オンライン「医学を志す」『人はなぜ、依存症になるのか~前編~』
- 2022年11月開催 「医学を志す」〜横市医学部 Special Edition〜
- 2022年3月開催 第5回オンライン「医学を志す」『救命救急』
- 2021年8月開催 第4回オンライン「医学を志す」『離島医療からはじまる医療システムの見直し』
- 2020年12月開催 第3回オンライン「医学を志す」『安楽死と緩和ケア』
- 2020年7月開催 第2回オンライン「医学を志す」『医師の偏在』
- 2020年6月開催 第1回オンライン「医学を志す」『新型コロナウイルスに学ぶ、これからの医師に必要な情報発信』
- 2019年11月開催 「医学を志す」〜横市医学部 Special Edition〜 『デジタル時代の医療情報発信』
- 2019年8月開催 第6回「医学を志す」『医師という仕事とは』
- 2019年6月開催 「医学を志す」@桐蔭学園『在宅医療の大切さ』
- 2019年3月開催 第5回「医学を志す」『脳を極める!』
- 2018年11月開催 「医学を志す」〜横市医学部 Special Edition〜『女性医師のキャリア形成』
- 2018年8月開催 第4回「医学を志す」『ドラマを越える劇的救命』
- 2018年3月開催 第3回「医学を志す」『医師 海外で働く』
- 2017年8月開催 第2回「医学を志す」『死と向き合う医師の仕事とは』
- 2016年8月開催 第1回「医学を志す」『iPS細胞による再生医療』